小学生の頃から始まった抜毛癖の経緯と変遷を現在に至るまでまとめております。
中学に入ってから「エロい」というレッテルからの恐怖からは解放されたが、性格の明るさはすぐには回復しなかったようにも思う。またそこから現在に至るまで、女子はそんなに得意じゃない。
中学に入ってからは仲のいい友達がみんな入るということと、父がバスケが好きだったりNBAが好きだったりということもあり、バスケ部に入ったのだが、それがまた一つの地獄の始まりだった。
小学生から現在に至るまで、自分は「居心地が悪く、自分に向いていない組織に、徹底的に苦しみ、やめたいと思いながらもなぜか最後までやり抜いてしまう」という呪いに犯されているのだ…
バスケがチームでダントツで下手で、いじめられ、「顔がでかい」と罵られ続けても、自分は最後までやめず、総体とともにみんなと一緒に引退した。
部活動でのストレス、受験のストレス、色々なストレスを消化する術を学ぶことができず、そのストレスはただただ時分の中に蓄積していく一方で、抜毛癖も進化していった。
相変わらず、毛根から抜くという行為は避けられていた。だが、髪の毛を千切ったり、枝毛を抜いたりする技術は磨かれていった。髪の毛をちぎる部分も「一箇所だけ毛髪が短かったら不自然」と思い、もみあげであったり、後頭部であったり、場所を散らしていく術を覚えていた。
自分はいつしか「髪の毛を爪でしごき、傷つけて、枝毛化させる」という術を獲得していた。いつぐらいにこの技術を獲得したか、性格には覚えていないが、大学入学時には既に身につけていたような気がする。枝毛化した髪の毛を割いていき、毛根は保ちつつも、毛髪を部分的に剥ぎ取り、それを手に取り遊ぶ。果たしてこの奇異なスタイルの抜毛癖を獲得した人物が世界の中で時分以外にいるんだろうか…
自分としては、ずっと抜毛をやめたかった。一人暮らしを始めてから「髪の毛を貴重なものだと思えれば、抜毛せずに済むのではないか?」と感じ、大学生にしては高めのトリートメントを購入し、髪の毛を労ったが、効果はなかった。試験とか締め切りとか、そういう逃れられないストレスを感じてしまうと、自分の手は髪の毛に向かってしまう。
40歳手前になり、もう完全にこの癖が消失することは諦めている。残念なことに毛髪は順当に薄くなっており、いつか抜毛できる毛も無くなるだろう。でも、抜毛癖は毛髪に限らず、最近は眉毛も抜いてしまうことが多いので、手を替え品を替え、抜毛は続いていくのだと思う。
それでも、最近は抜毛の程度がマシになってきているかなとも思う。うつ病・複雑性PTSDなどの病を経て、自分はカウンセリングを学び、自分にとって生きやすい人生を生きる術を、ストレスを上手に消化する方法を、少しずつ学びつつある。


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