呪い的なものの存在を信じ、恐れていた小学生時代であった。幼稚園の頃はそんなことは全く恐れていなかった気がする。小学生になると、少し脳が発達し始め、いろいろなことが分かってくるけど、人生経験のなさから判断力がなく、何が本当で何が嘘かわからない、だから呪いやオカルトを信じ込みやすい。
自分が信じたオカルトは「ノストラダムスの大予言」であった。小学生2年の時、スイミングスクールに友達と通っている時に、その友達から教えてもらった。「1999年に地球が滅亡するらしいで」と。
それを教わった直後から、数年後に自分が、そして家族が死んでしまうことが想像されて、その情景がありありと浮かんだ。そして、それがとてつもなく恐ろしいことに感じられて、頭の中がノストラダムスの大予言でいっぱいになった。
友達に「それってホンマなん?」と聞き返しても「ホンマらしいで」という答えが返ってきて絶望した。「嘘やで」と言って欲しかった。でも、その友達は、そんな恐ろしい死の予言を目の前にしても、あっけらかんとしているように見えた。「死を目の前にして、なぜこの子は平然としているんだろう」と不思議でしょうがなかった。
自分にとって、ものすごく恐ろしかったノストラダムスの大予言。とはいえ、小学2年生の知的体力と集中力では、その予言がトラウマとなり、寝れなくなったり、ご飯が食べられなくなったりということはなかった。ゲームしたり、遊んだりして忘れているうちは元気だったと記憶している。
でも、不意にノストラダムスの大予言が思い出された時は、怖くて、ものすごく心細い気持ちになった。みんながこの予言を知っているはずなのに、なんでみんな平然と生きていられるのか、不思議でしょうがなかった。
この頃から親に相談しづらかった。親は優しいけど、厳しく甘えさせてくれない存在だった。子供によっては、仮にノストラダムスの大予言を友達に教わって、怖くなったとしても、すぐに親に聞いてみて「大丈夫だよ」と言ってもらい、安心できていたのかもしれない。でも、自分にはそういうことができず、悩みを自分の中で抱え込むことになった。
でも、恐怖心に限界が訪れ、最後は母の前で泣き出してしまった。正確な期間は忘れてしまったが、予言を友達に教わってから半年から一年が経過していたと思う。理由を聞く母に、ノストラダムスの大予言を説明している本か漫画を見せて「これが怖い」というと「そんなの嘘だから大丈夫」と言ってくれた。母は父にも話してくれ、父も笑って「大丈夫だから」と言ってくれた。後日、父は嘘つきが登場する絵本を買ってきてくれ、「世の中には嘘つきというものがいるんだよ」ということを教えてくれた。
それでも、小学生ながら、予言を否定するにはどこかエビデンス不足なんじゃないかと感じながらも(ノストラダムスが嘘つきであるという証拠ってあるのかな?みたいな)、両親がそんなに大丈夫と言ってくれるなら大丈夫なんだろうと安心し、そこからは怖くなくなり、無事に1999年を迎えて、2026年の現在まで生きている。
余談だが、渡米後、PTSDの症状に苦しんでいる際に、本気で「隕石が落ちて地球ごと滅亡してほしい」と母に電話で吐露していた。ノストラダムスの予言をあんなに恐れていた少年が、その予言の実現を期待するほどに、社会の荒波により、精神を痛めてしまっていた。
強迫行動みたいなものとして「拾った小銭を、一度自販機に入れてから、お釣りとして出すことで、呪いを浄化する」ということもしていた。小学生の頃はお小遣いが全くと言っていいほどもらえなく、ジュースやお菓子に飢えていたのだが、健康的な食生活を徹底する母は全くジャンクな食べ物を子供に与えようとせず、お小遣い欲しさに、結果として自分は「自販機の下や道端に落ちている小銭を積極的に拾いにいく」という行動にでていた。でも、落ちているお金には、なんか前の人の呪いがついている気がして、どうにかその呪いを払拭したく、結果として「一度自販機に入れて、お釣りとして出すことで、別の硬貨にして呪いを除去する(多分、入れた硬貨がそのまま出てきていたとは思うが)」ということをしていたのだ。「みっともないからやめなさい」と怒られて、自販機の下からお金を見つける行為は割とすぐに禁止されたが。
抜毛がひどくなった頃は「何かを特定の回数擦らないと呪われる」みたいなルールが自分の中で自然発生してしまい、それに従っていた。確か56回とかだったのだが、鉛筆とか消しゴムとか、手元にあるものを56回擦ることで、呪いが浄化され、次のステップに行ける、みたいなことだったと思う。こちらの強迫行動は小学5年生の頃から、1~2年くらい続いただろうか。中学に入るころには終わっていたような気がする。
自分は小学生の頃、二つの罪を犯した。
一つは「公園に落ちていたビニールのボールを木の枝でブッ刺して破裂させた」というものだ。友達と遊んでいた時に、偶然落ちているボールを見つけて、テンションが上がり、誰のものでもなかったので壊してみたくなって、落ちていた木の棒で刺したのだ。その直後に、持ち主の女の子が現れて、悲しそうにそのボールを拾って返って行き、申し訳ない気持ちになった。
もう一つは、給食で余ったヨーグルトを廃棄用の大きなコンテナに捨てに行かなくてはならなかったのだが、なんかテンションが上がり、ヨーグルトを開封して、その状態でコンテナに投げ入れたのだ。コンテナの中でヨーグルトが飛び散っている状況を想像しながら。やった直後から、先生にバレるのが怖くて、しばらくの間授業中もビクビクしていた。
この二つの罪は、大人になってからも自分の中に罪悪感として止まり続け、何かしらの報いを受けるんじゃないかとふとした時に思い出され続けた(実際、報いを受けたような、病でしんどい人生を歩んでいるのだけれども笑)。
何が言いたいのかというと「人生で犯したと認識している罪が小学生の頃のこの二つだけ」というくらい、自分は呪い、報復、天誅みたいなことが怖くて、徹底的に強迫的に悪事を犯さないように生きてきたのである。先日「ナミビアの砂漠」という映画を見たのだが、ホンダという男が、彼女がいるのに、会社の付き合いで風俗に行ってしまったことを心底悔やんでいて、彼女に心ながら懺悔するシーンがあったのだが、なんか自分はそのホンダの気持ちが妙にわかってしまう。なんというか、心の底から、悪いことをしてはいけないと洗脳されている感じ。一方の彼女の方は、そもそも二股していて、ホンダと別れたいと思っていて「ヤッター、この風俗のことを口実に別れを切り出せる。ラッキー」くらいとしか思っていなかったのに。
生まれと育ちで、善悪の判断基準は、こうも個人差が出てきてしまう。
10年前からうつ病・複雑性PTSDを患ってから、研究室での自分の境遇や、幼少期の両親の教育を恨むことが増えたのだが、ふとこういう自分の性分を振り返ると、病を患ったのは環境や境遇だけのせいでなく、生まれながらに自分が持っていた資質も関係しているのではないかと感じるのだ。
妙に想像力があって頭もいいけど、適切な判断力に欠けるところがあり、怖がりで強迫的で、一つの考えに固執してしまい、そこからなかなか逃れられない。そんな性分。

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