小さい頃から、空想や妄想をするのが好きだった。小学生の頃は、運動神経がそんなに良くないと自覚しながらも、頭のどこかで「スポーツでヒーローになりたい」という思いがあり、水泳で金メダルをとったりする様子を夜な夜な妄想していた。
中学生になってからは部活でやっていたバスケであったり、趣味でやっていたテニスや卓球であったり、やはりスポーツで脚光を浴びる姿を頻繁に妄想していた。実際のところ、バスケでは部内で一番下手で、いじめられ、不遇な時期を過ごしていたのであるが。
高校になってからは、現実が見えてきたのか「自分自身が何かしらのスポーツで脚光を浴びる」という妄想をすることはほとんどなくなった。その代わり、頭の中に空想上のヒーローを創作し、その人に活躍させるようになった。
一人目のヒーローは、高校時代の同級生のAU君をモチーフにした日本人NBA選手である。
AU君は高校の頃、一度だけ同じクラスになったことがある、男子である。彼は頭も運動神経もよく、何より顔が独特なイケメンであり、決して目立つタイプではなかったのだが、クラスの一軍女子たちも「AU君イケメンだよね」とヒソヒソ噂になるタイプであった。自分は男ながらも、AU君の顔が好みで、一方的な好意というか憧れを抱いていた。一度だけお願いして、彼と一緒に下校したことがあった。
高校卒業以来、AU君の見た目をモチーフにした日本人NBA選手を自分の中にクリエイトし、色々な妄想をしていた。AU選手が、日本人初のNBA選手として、大活躍する様子。AUは渡邊雄太のように大学から単身渡米し、バスケをする中で、日常生活の中で徐々に英語が上達し、NBAの試合後のインタビューでも流暢な英語で受け答えし、その様子が日本のテレビで放映される。両親はすでに他界していて、幼少期はヤンキーとして生きるも、勉強ができて進学校に行き、そこでモテまくり、バスケでも大活躍したのち、渡米する。バスケではシュータータイプで、とにかくミドルレンジもスリーも入りまくるが、スリーではステフカリーには及ばない。個人タイトルにはあまり縁がないが、フリースローの成功確率だけは何回かタイトルをとっている。勝負強く、プレイオフではクラッチシュートをバンバン決め、AUがいるチームは毎回プレイオフでは警戒される。シャックやバークレーらのInside the NBAのクルーたちとも英語で流暢に冗談を言い合う。アメリカでもプレーボーイでいろんな人種の彼女がたくさんいる。旅行が好きで、オフシーズンは辺境に旅行に行く。NBA選手になってからも、英会話で英語力の向上に努め続ける。言語を通じて、日本とアメリカの文化交流を図る象徴的存在。
そんなのが、大学生の頃から今まで、長年かけて築き上げたAU選手のイメージである。ステフカリーや渡邊雄太や八村塁といったスターが実際に登場し始めてからは、彼らの存在も妄想を築き上げる上での参考にしている。
AU選手はいまだに私の頭の中に存在していて、暇な時やリラックスしている時などに現れているように思う。過覚醒し、パニックで余裕がない時はAU選手は現れない。
もう一人は最近はほとんど登場しなくなってしまったが、美しい女性である。AU選手と違い、名付けたこともないが、ここではKさんとする。
Kさんは、自分の大学院時代の生活が悲惨なものになり始めてから、それを緩和する存在として、頭の中に現れ始めた。
自分が在籍していた大学院の研究室はオス社会であったため、原則的に女性は攻撃の対象にならなかった。一方の男性陣は研究手腕や学歴、教授からの気に入られ具合、カースト上位の男性陣からの気に入られ具合などから明確に序列が決められていて、自分は明確にカースト最下層にいた。先輩とポスドクから「うつなまは、いいところが一つもない」と面と向かって言われたこともある。カースト上位グループから徹底的に脱価値化され、自分自身、何が自分の良さなのかわからなくなり、自分に自信が持てなくなり、自分の存在が間違ったもののように感じられた。
その研究室では、なぜか学生やスタッフを含めて可愛い女性が多く、女性陣は実質的にカースト上位の男性スタッフの従属物であった。新しく入った可愛い女性を誰のプロジェクトの元指導するか、誰が実験の指導をするか、などの決定権がカースト上位の男性スタッフにあり、下位男性は彼女らに触れることが許されなかった。私が女性スタッフと雑談していると、教授が「何の話してるの?(てめえごときが話していい相手じゃないんだよの意)」と必ず割って入ってくるため、研究室に入ってしばらくしてから、教授や先輩の前で、女性スタッフに話しかけることをやめて、ずっと無言でいた。そんなことが数年間続いたため、NIHに留学してから、しばらくの間、自分は雑談の仕方を忘れていた。
Kさんはそんな自分の現状を癒し、打破するような存在だった。Kさんはとびきり美人で、研究も大好きで、賢く、みんなから一目を置かれる存在だった。Kさんのやることにみんな文句を言えない。コアタイムより早く帰っても、何をしてもKさんは許される。だけど、Kさんは決して上位カーストの男性陣になびかない。そしてKさんは女性スタッフと仲が良く、彼女たちからの信頼も厚いし、下位カーストの男性にも優しい。Kさんはカーストとかを気にしない、そういう理念を持った、手のつけられない美人。カースト上位の男性にとって、Kさんは若干煩わしい存在ではあるものの、美人で聡明で、あまりに存在として完璧で尊いため、何もKさんに対して言えず、態度にも彼女への嫌悪感を表すことができず、Kさんに気に入られるための努力を細々と続けるが、Kさんが「カーストが上位である」という理由で彼らを認めることは決してない。Kさんは研究室の「有無を言わせぬバランスブレーカー」なのである。
頭の中の空想上のヒーローではないが、自分は高校の頃の同級生のSさんに、研究室での飲み会の際に、偶然同じ居酒屋に居合わせて、話しかけられるみたいな妄想をよくしていた。
自分にとってSさんは完璧な女性であり、そんな完璧な女性は、憎き教授や先輩すらも手の届かないところにいるはずで「そんな女性と親しいんだぞ!」という姿を彼らに見せつけたかった。研究室での飲み会は、自分が最も脱価値化されやす場所であり、「いいところが一つもない」と言われて、何も言い返せなかった自分に、絶大な価値を与えたかった。
NIHに留学してからも数年の間は自分はKさんの妄想をよくしていたが、最近はKさんは頭の中からいなくなってしまった。大学院時代のつらいトラウマ記憶そのものからは脱却できたからだと思う(身体症状そのものは依然として残っているのだが)。
AU選手にしろKさんにしろ、彼らは自分の理想の代弁者である。みんなの前で、こういうことを伝えたい、こういう表現をしたい、こういう認められ方をしたい、そんな理想を自分の代わりに実現する空想上の存在。適職診断でも自分は「理想が強い」という判定が出る。ただリアルな自分は、理想を貫き通せるような、そんな強さはなく、いじめられがちな存在で、それでも責任感が強く、いいことがなくても、病気でしんどくても、できる範囲で、目の前の泥臭い仕事でもコツコツとこなし続けるタイプなのだが。
そんな、カウンセラーさんも含め、地球上で誰にも伝えたことのない、何十年にもわたる自分の妄想録。

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