もはや私は大悪党

以前のブログで自分は「人生において、他者からのメールや電話を無視したことがない」と書いた。

結局、絶対に返信をくれるのはお母さんだけだ

自分が対人関係完璧主義者で、対人関係において「誠実でなければならない、失礼があってはならない」という禁忌が強くて、これまで、どんな嫌な人からの連絡でも、クエスチョンマークがある限りは必ず返信していた。

自分がうつ病になったのは学生時代の研究室における、心と肉体を削るハードワークがほとんどの原因だったのだが、そこには自分の対人関係完璧主義も間違いなく一因していた。

自分が相手に誠実に尽くしたからと言って、相手が自分に誠実に対応してくれるわけではないし、その義務があるわけはなない、ということを気づくのに自分は30年以上の年月が必要だった。競争熾烈で情なんて存在せず、相手をいかに騙し、いかに搾取するかみたいに自己愛者の巣窟だった研究室で、自分はどんなにdisrespectfulな応対をされようとも「自分が誠実に対応したのなら、いつか相手も誠実に扱ってくれるはず」と信じて、ニコニコし続けて、残念ながら誠実な対応は返ってこず、かわりにうつ病という最悪なギフトを受け取ってしまった。

最近知ったのだが、自分は平等病というものらしい。対人関係においてのギブアンドテイクに過剰なまでに平等性を求めてしまう。もちろん、対人関係がギブアンドテイクで成立していることは間違いないのだが、人間は機械でないし、感性も人それぞれなので、いつもピッタリ50:50の結果が得られるわけでない。

先日参加したセミナーで「人間関係だから壊れてしまうこともある」ということが説明されていて、妙に感心してしまった。それはmentoringに関する講義だったのだが、アカデミアにおけるメンターとの関係ですら壊れてしまうことがあることを受け入れているのが、実にアメリカらしいなと感じたのだ。

対人関係はそれだけ、不安定さやいい加減さの上に成り立っているのだ。

昨年は人生で感じたことのないような激しいストレスを経験した年であった。そしてその余裕のなさから、自分はついに「人からの連絡に返信しない」という大禁忌を犯すようになってしまった。30代半ばで人生最大の、大いなる前言撤回である。

「人からの連絡に返信しないなんて犯罪人のすることだ」と妄信していた10代から20代の自分が今の自分を見たら卒倒するだろう。どんなに不誠実な対応をされても誠実に対応していた自分が、ついに自分から相手に不誠実さを与えるようになってしまった。

もはや私は大悪党である。人にとやかく言える存在ではない。

返信しない相手は、別に自分が嫌いな人ではない。過去に大きな恨みを自分から買ったわけでもない。ただ、尋ねられた内容が、今のストレスで一杯の自分の近況や先行き不安な将来を尋ねらるような内容で、ちょっと返信が億劫なものであったり、またそういう弱さを見せにくい相手であったりした。そういうことをわざわざ長文で返すのが純粋にめんどくさいというのもあった。

返信しやすいような人や返信しやすいような内容のメッセージはいつも通り返信している。

「その方々を舐めているのか?」と聞かれると返答に困る。確かに相手は後輩であったり、利害関係のない先輩であったり、自分の人生に直結しないような人らではある。もし相手が超目上の人だったり、直接的な利害関係のある人だったりする場合は返信していただろう。ただ「率先してその人たちに嫌がらせをしたいか?」と聞かれれば答えは「ノー」である。

そこまでの私怨があるわけでなく、ちょっとめんどくさい、億劫であるという感情が返信をしない主たる理由である。

そんな感じで返信をしていない相手というのが、4~5人いる。相手が一人や二人だと正確に覚えることも可能だが、増えてくると最早、誰に返信していないかもわからなくなってくる。良くも悪くも悪事というのは繰り返すと罪悪感が薄れてくる。数ヶ月前までは「余裕ができたら返信しよう」と思っていたが、これだけ時間が空くと「もういいか」という気持ちにもなり始めている。

そんなことを30代半ばにして初めて経験しているのだ。自分のように対人関係完璧主義でない人は、メール文化が始まった10~20代のうちに体験していることなのでないだろうかと思う。

自分がそういうことを始めて気づいたこともある。人生で初めてメールを返信しない人の気持ちが理解できたことだ。

若き日の自分は返信がないのを自分への攻撃だと思っていた。返信しない、返信できないという気持ちを体験したことがないから、その状況や気持ちが全く理解できなかった。

「自分に返信がないのは、自分のことが嫌いだからだ、自分のことを舐めているからだ」そう信じていた(本当にそうだったかもしれないけど…)。

何事も経験だなと思う。そんなことを先日カウンセラーさんに話した。少しずつ、生きるのが上手になってきてるかなと思う。

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