結局、絶対に返信をくれるのはお母さんだけだ

おそらくだけど、自分は今まで他人からのメールを一度も無視したことがない。もちろん、話の流れで、相手からのメールでやりとりを終えることはあっても、クエスチョンマークがある文章には絶対に返信してきた。

30歳を超えて、流石に10代や20代の頃のように、相手からの返信がないことに、異様に心がざわついたり、相手を憎悪したり、「嫌われるようなこと言ったかな?」と考えたりすることはほとんどなくなった。特にアメリカに来てからは、人付き合いに恵まれ、1日に何人もの友達と連絡を取ることもあり、相手から返信がないことをすぐに忘れるようになってしまった。

でも、携帯を持ち始めた、10代後半から20代にかけては、そんなに穏やかでいられなかった。相手から返信が来ないたびに、

「自分は絶対に返信するのに!なんて礼儀知らずな!」

「嫌われたのかな」

「見下されてるのかな?他の魅力的な人からのメールだったら返信してるのかな?」

そんな強くてネガティブな気持ちが自分の中に渦巻いた。

20代前半は人付き合いの幅も狭くて、お金もなく、遊び方も知らず、暇で、ずっと友達から、好きな女性からの返事を部屋で待っていた。そして可哀想なことに、その狭い交友関係の中で、「メールを無視される」ということが頻繁に起こっていた。メールするにも「無視されるかもしれない」という不安が常にあった。

20代を通じて、自分はずっと孤独だった。自分のその苦しみを表現する方法も知らず、他人に悩みを打ち明けたり、自分の弱さをあらわにする方法も知らず、カウンセリングも知らず、1人で全ての悩みを抱え込んでいた。

自分はずっと「確かなもの」が欲しかった。自分みたいに「絶対に」返信をくれる存在、自分みたいに「絶対に」無視しない存在。でも、30代に入った今も、自分は「確かなもの」を手にいれてはいない。

自分にとって「絶対に返信してくれる」存在は母親だけだった。母だけは、いかなる時に電話をかけても、電話に出てくれ、出れない時は必ず折り返し電話をかけてくれた。大学院時代の人生で一番つらかった頃、自分は週に何度も母に電話し「今が人生で一番つらい」と嘆いていた。自分の生きづらさの原因も母にあったが、一番つらい時に「絶対に」電話に出て、自分の話を聞いてくれたのも母だった。

母も自分も不安がとても強くて、強迫的で、禁忌に縛られて生きている。だから普通の人が、めんどくさくて返信を怠ったり、忘れたりすることがある、ということが、自分たちにはないから、その気持ちが、いまいちピンとこないのである。相手から連絡があると「返事しなきゃ」という強迫で頭がいっぱいになり、その強迫は返信するまで頭にこびりついている。

自分はうつ病を経て、カウンセリングを経て、その強迫から脱却することに成功しつつあるが、多分母は未だに強迫の中で生きているのではないだろうか…

30代に入り、アメリカに来て、人付き合いの年齢層も住む場所も代わり、返事が帰ってこないということが少なくなったように感じる。20代はみんな血気盛んで、マウントを取ることに忙しく、そういうことが苦手な自分にはその年代は合わなかった。

30代はそれ加えて、お金も手にし、遊びも覚えて、余裕ができて、連絡が帰ってこないということが気にならなくなってきた。相手の返信が来るまで、家でずっと待っていた20代と違って、今は自分が連絡したことも忘れて、1人の時は1人で遊びに出かけて、楽しいことができるようになった。

それでも時折、特にメリーランド州の暗くて寒い冬が訪れた時なんか、無性に「確かなもの」が欲しくなり、そして、その確かなものはお母さんだけなんだなと、ありがたさと情けなさと、そして暖かさが混じった気持ちを感じながら、電話越しに母の声に耳を傾けるのだ。

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