うつ病パニックになってよかったこと~トラウマは石碑~

うつ病パニックを患ってから、もう時期9年になる。数字として見ると、悲しくなるほど長い。

もちろん、発症初期に比べると症状はだいぶ良くなり、投薬もせずに仕事して、友人と交流して、一見すると自分には問題がないので、寛解しているとも言えるけど、仕事仲間や友人は、自分が帰宅後、

  • 超絶退廃生活を送っていること
  • 夜歯磨きできず朝していること
  • 夜風呂に入れず朝入っていること
  • ポルノ中毒から抜け出せないこと
  • ストレスが多い朝は咳が出て、えずくようになってしまったこと
  • 毎朝のように希死念慮があり、朝「死」の文字が頻繁に浮かび、妄想の中で自分を拳銃で撃ったり、自分を串刺しにしたり「早く死んで楽になりたい」と思いながら、精神、肉体共につらい朝を迎えているということ

を全く知らない。日中は一見普通に生きている。

「2015年にとあることがきっかけで自分はうつ病を患った」というのが自分のうつ病に対する理解だったのだけれど、ここ1~2年で就活のためのストレスが多い日々を迎えるようになったことで、寛解に近づいていた症状が再燃して、自分のうつ病に対する理解が見直された。

それは「2015年はうつ病の発症でなく、パニックの発症であった」ということだ。自分にとって、のっぴきならないことがトリガーとなって、自分のストレス許容レベルを超えた大混乱が頭の中に引き起こされて、それが原因で、上記のような身体症状を経験するようになってしまった。

ただ、それ以前から

  • 一年くらい仕事休みたい
  • 土日は一食だけ食べて寝てるだけ
  • 朝起きれない、夜寝れない
  • 意欲が湧いてこない
  • 闘争心が湧いてこない

などの典型的なうつ状態の症状は見られていたので、うつ病が「うつ病パニック」に転じてしまったのが、2015年からであるという理解に、割と最近転じたのである。

2015年にパニックのトリガーになったのは、当時、不思議な関係のあった女性「Mちゃん」が原因なのだが、2年ほど前に彼女との縁が完全に切れた後も、自分のパニック症状は続き、もはや、原因はあれでも、明確な理由なき症状になってしまった。現在は、以前所属していた研究室のことが強く思い出されるような出来事や、アカデミアキャリアのストレスレベルが高くなると、上記のようなパニック症状が誘発されるようになり、自分のパニック要因が、Mちゃんからそれらのものに乗っ取られてしまった。不思議である。

ネットで多くのインフルエンサーが「うつ病の治療法」を説法しているが、自分が出した結論は「うつ病にはなるな!」ということだ。それくらい、治療が難しいし、うつ病を体験したことがない人から理解が得られにくい。

「私もテンション低いのが続く時あるよ〜。でもみんなそうでしょ?それでも頑張ってるから、あなたも頑張りなさいよ」とディスカウントされるケースがほとんどである。何を隠そう、うつ病パニック発症以前の自分もそう思っていた。だが、今は明確に「それとは別次元の話だ。しゃべくりの名倉さんを見ろ。あんな元気で気合いバリバリだった人が、長期間ああなってしまうのがうつ病なんだ」ということができる。

うつ病を患った人に最もしたいアドバイスは「うつ病の悩みを一般人にするな。悲しくなったり、虚しくなったり、絶望したりするだけだ。お金払って、専門家を頼れ」ということ。

でも、生きていかねばならない。そして、うつ病パニックを患った自分にも何かしらの希望を見出したい。

自分がうつ病パニックになってよかったと感じる点は

  • うつ病になったことで、たくさんの本を読み、うつ病や精神疾患、パーソナリティーに対する知識が増えたこと。
  • ブログを始めるきっかけになったこと。
  • カウンセリングに行き、カウンセラーさんに出会えたこと。
  • 自分のパーソナリティーを見つめ直し、不便な部分を変容させて、少し生きやすくなったということ。
  • 良くも悪くも「無理」ができなくなったこと。うつ病発症以前のように無理しようとすると、扁桃体が暴走し出して、恐怖心や不安や焦燥感で体が動かなくなる。だから何かの締め切りが迫っていて、怒られたり、馬鹿にされたりするのが怖くて死に物狂いで徹夜してでもやっていたようなものができなくなり、どんなに追い詰められていても普通に寝て、素直に「すみません、できませんでした」と言うようになった。

くらいなものかな。よかった点もあるけど、希死念慮と共に苦しんできた9年間という歳月を考えると、やはり割に合わない気がしてしまう。

この中で自分が特によかったと思うのが、「無理」ができなくなった。という部分である。これは扁桃体の過剰暴走によるものなので、うつ病というよりはむしろパニックの症状であると思う。

この症状のおかげで、自分は「Mちゃん」や「以前の研究室」を避けて戻らないようになった。それらのものに近づくと、自分にパニック発作が起こり、食事が喉を通らなくなったり、血流が上がったりしてストレスで体と脳が支配されてどうしようもなくなってしまう。

最近特に思うのが「もし、抗不安薬みたいな薬を飲んでいたら、不安が弱まって、また誘われたら、パニックが起こらない代わりに、以前の研究室やMちゃんの元に戻ってしまうのではないか?」と言うこと。

自分は薬を飲まずにうつ病の治療をしてきた。数年前はもし薬を飲んでいたら、もう少し楽に治療できたのかなとも思ったけど、でも恐怖心も緩和されてしまうせいで、また同じ過ちを繰り返していたのではないかと思う。

トラウマとは被災地に立つ石碑のようなものだ。戻ってまたそこに家を建てるのを妨げてくれる。

うつなま

トラウマ、PTSDを患うほど無理をしてうつ病パニックを発症して、それでいて投薬治療をしてこなかった自分には、自分を圧倒してしまうような恐怖心や嫌悪感が自分の中に残って、”被災地(トラウマ元)”に戻ろうとすると、体が自分を止めてくれる。

トラウマ元は戦地、被災地だけでなく、モラハラしてくるパートナーや毒親、いじめっ子だったりもする。そして、残念ながら、一度そういう人たちから離れても、またその人たちの元に舞い戻ってしてしまう人も結構いるようなのだ。

先日見た”Mending the Line”という映画ではそういうことが描かれていた。戦地でPTSDを発症した主人公は、療養を余儀なくされて、本当は軍人としてのdutyに戻りたいのだけど、戻ろうとすると脳と体がパニックになって、戻れない。

主人公には言いづらいが、戦地になんて戻らない方がいい。PTSDはあなたにとって心身ともにつらいものだが、でもそれのおかげで、あなたが再び戦地に赴くことを妨げて、あなたの命を守ってくれる。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする