アメリカプチ失恋記-3

アメリカ生活

前回の続き

アメリカプチ失恋記-1

アメリカプチ失恋記-2

シェルビーがみんなにマックスを紹介した数ヶ月後、うちのラボメンバーの多くが年末にDCで行われた学会に参加した。自分もシェルビーもその学会に参加した。

複雑性PTSD全盛期の自分は「その学会に元教授とか、元ラボのメンバーが参加したらどうしよう…」と不安でしょうがなかった。怖くて抄録集を学会当日まで見ることができなかった。学会が近づくにつれ、左耳の奥が痛くなるという謎の症状も出てきた(今振り返ると本当にかわいそう…)。幸い、学会には元研究室関係者は誰も訪れず、数年ぶりの学会をラボメンバーと楽しむことができた。

学会最終日、みんなでレストランでディナーをした。ボスはおらず、ポスドクと学生だけだった。

ラボメンバーの一人がシェルビーにマックスのことを聞いた。その彼は日頃から自分よりもシェルビーとよく話していた。彼はシェルビーに「ポーランド語の勉強はその後どう?彼や彼の両親との関係はうまくいっているの?」など尋ねており、シェルビーも「順調よ!ポーランド語はやってるけど、めちゃくちゃ難しい笑」と答えていた。

話は人生プランの方に動いていった。自分も聞いたことがなかったのだが、シェルビーはNIHのスタッフサイエンティストなるという夢があるそうだ。彼女は博士課程の頃に「NIHのスタッフサイエンティストが高収入で、Dutyも多くなく、人によっては15時ごろに仕事を切り上げて帰宅している」という情報を仕入れ「絶対にそれになってやる!」と思い、NIHのラボに就職することを決めたそうだ。その後も、アメリカの社会保障の問題や、女性の就職の問題など、アメリカ生活のダークな側面の話などをした。

彼女の目は、自分が知っている、シャイで優しく、焼き菓子を作って持ってくきてくれるシェルビーの目でなく、この厳しいアメリカを、華奢な体で、戦略的に、自己実現し、生き残っていこうという、ビジョンを持った強い目だった。もちろん、シャイで優しい側面もあるのだろうが、こんなに力強く、しっかりした側面が彼女にあったことに、ただただ驚いていた。

マックスも金髪イケメン高収入であり、パートナーの選抜にも、ものすごく時間をかけたのではないかと感じた。世界を生き抜くために、冷静に、戦略的に生き、それでいて他人に頼らず、他人にリスペクトを払い続け、自分のような者にも優しく接し続けてくれる。

自分なんかがシェルビーに選ばれるはずがなかった。

敵わない、と思った。

自分は、学生時代に自己愛型の教授の洗脳から逃れられず、リストカットするMちゃんを助ける役割からも逃れられず、その過程で患ってしまったうつ病・複雑性PTSD・希死念慮に対処するのが精一杯で、とても将来のビジョンなんて持てなかった。アメリカに来たのも、アメリカに来るという選択以外、教授や母から許されなかったからで、ただ「許されたくて」アメリカに来た。決してトップジャーナルを出すとか、PIになるとか、永住権を獲得するとか、そんな大志を抱いてアメリカに来たわけではなかった。

もし次にアメリカに行くとしたら…

わかっていても現状を変えられず、ただ帰国したいだけの自分が情けなかった。彼女に全く敵わない。

一体、何をどうすれば彼女に追いつけるのだろう…あと人生何周すれば、彼女に追いつけるのだろうか…

一体、彼女はどういう景色を見ているのだろう。知りたい。自分のように病からすら逃れられない人間にも…いつかシェルビーと対等の景色を見える日が来るのだろうか?

なあ…?ウーリ

2ヶ月後、”I”m engaged!”と言い、シェルビーは幸せそうに、上品な宝石の付いたengage ringを自分に見せてくれた。自分もCongraturations!と言い、彼女の婚約を祝福した。自分の物語はそのままで、彼女の物語はとんとん拍子に進んで行った。

寂しかったけど、自分は彼女の幸せが心から嬉しかった。

続く

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