自己愛性人格障害は自己免疫疾患に似ている

私的なこと

私のアメリカ留学生活は「出身ラボの元教授が自己愛性人格障害であった」という答えに辿り着くところから始まった。今だと自分が体験したことや教授の言動をChatGPTに投げ込めば、数秒のうちに正体を突き止めてくれるかもしれないが、当時はそんなに便利なものはなく、自分の症状や体験したことから逆算して、情報を本から取り入れ、元教授の正体を探ろうとしていた。結果として、自己愛性人格障害という概念に辿り着くまで、およそ3年の月日が必要だった。

渡米当初、自分が悩まされたのは「洗脳症状」であった。留学して、日本とアメリカという距離的にも離れていて、何よりもう元研究室には所属していないのに、教授から見張られている気がした。アメリカの研究室は友愛的で平和的で健康的な空間であり、みんな常識的な時間に帰り、土日出勤も完全に任意であり、労働時間やラボの滞在時間がその人の評価に影響するということがなかった。だから、自分も夕方にラボを出たり、土日もほとんど行かなくなったりしたのだが、そういう自分の行動が元教授にバレると怒られるのではないかと、ちょっと不安になりながら家で休んでいたのだ。「メールが来て、自分の動向を確認されたらどうしよう。土日ラボに行かないと、怒られるのではないだろうか。正直に言おうか、嘘を言おうか」そんな心配を最初の1年程度はしていたと思う。結果として、これらの心配はすべて杞憂に終わったのだが…

元教授は選民的で封建的で、対人関係はすべて「上か下か」「敵か味方か」で判別され、横のつながりやフラットな友人関係というものが皆無だった。もっと極端にいうと、対人関係の認識が「自分か自分以外か」で1mmでも自分と異なる行動をとる人物を瞬時に敵と見なし、警戒や攻撃の対象としていた。この世の全ての人間はアカデミア研究者や教授を目指すものだと心のどこかで信じており、そうじゃない人間に出会うと「変な奴もいるもんだなあ」と不機嫌に不思議そうにしていた。

元教授の前では「普通の会話」ができなかった。例えば「プロ野球とか見ますか?昨日、阪神勝ちましたね」という私の思う「普通の会話」をしたとしよう。その時に考えられる返答は「みるよ!最近阪神強いね」とか「ごめん、プロ野球は全然見ないわ。阪神強いんだ?」などに通常落ちつくと思うのだが、一方の教授は「興味ない。そんな役に立たないものを見る暇があったら研究しろ」みたいな返答をする。

長年の教授の観察でわかったのだが、これは半分は本心で、半分は「虚勢」なのである。どういうことかというと、教授がプロ野球に関心がないことは事実なのだが、それと同時に私の「プロ野球とか見ますか?昨日、阪神勝ちましたね」と言う何気ない会話を「俺はお前よりプロ野球に詳しい」みたいな攻撃に教授の頭の中で変換されてしまうのだ。だから「格下の小僧に仕掛けられている」と認識され「興味ない」の一点張りで押し切られる。

面白いのが、もし自分が「プロ野球とか見ますか?昨日、阪神勝ちましたね」と言う会話を教授と可愛い女性スタッフの複数人を交えて始めた場合「知ってるよ、最近のプロ野球はあーだこーだべらべらべら…」とニュースなどでギリギリ知っている事実を虚実交えて捲し立て、女性スタッフの前で「俺はこいつよりプロ野球に詳しい」と張り合ってくるのである。すごく動物的な人で、相手がオスならどんなに格下なオスであれ、メスの前では全勝しなければならないと盲信している感じだった。

それが全ての会話で起こり得た。人間として搭載されているOSが違いすぎる。分かり合えるはずがない人物と自分はずいぶん長い時間かけてわかり合おうとしていた。

母に相談しても「そんな人物がいるはずがない」とラボ在籍時もラボを離れた後もなかなかわかってくれることがなかった。当時は母という最も近しい人物に理解されないことを苦しんだが、振り返ると理解されない理由も少しわかる。自己愛性人格障害には実際に会って同じ時間を過ごしてみないとその実態がわからない。「流石にそんな人間はいないだろう」みたいな類の人間なのである。

普通の会話ができない部分に関しては、日常会話を一切しないことで解決できた(解決と言えるかわからないけど)。こちらから言葉を発しなければ火種が生まれることがない。おかげでラボを離れてしばらく時間が経っても雑談が苦手な状態が続いたが…

普通の研究室ではイメージしづらいのだが、当時の研究室には大部屋、小部屋の実験室があり、自分の実験ベンチは小部屋の方に配置され、それは教授のベンチの真隣であった。教授は実験が好きで、教授室にはほとんどこもらず、ラップトップをベンチにもってきて、実験しながらデスクワークをしていた。学部四年から博士卒業まで、およそ6年、自分は教授の隣で実験をし続けなければならなかった。そして、自分からの発話は実質的に許されていなかったが、教授の愚痴の聞き役にはならなければならず、自己愛から発せられる聞くに絶えない、全く同調できない愚痴に対して「そうですね」と同調し続けなければならなかった。

人生通じて、反抗やわがままが苦手な優等生として育ってきた自分にとって、戦ったり、逃げたりすること、いわゆる闘争・逃走はできなかった。それでも、常識的な大人に囲まれて育った分にとって、闘争・逃走ができないことはそれほど困ることではなかった。だが、自己愛の教授という危険人物の前で闘争・逃走ができなかったことは致命的であった。自分にできた唯一の生存戦略はフリーズ・シャットダウン・解離であり、自分の魂を殺すことで、自分の倫理観に反する教授の発言に同調し続けていた。

一番困ったことは、日常会話だけでなく、研究に関することも、教授への完全同調が求められたことだ。でも、自分にはそれができなかった。研究結果を教授が求めるようなストーリーに改竄することは、研究者にどうしてもなりたかった自分にとって、折れることができなかった。後からわかったのだが、当時の研究室では先輩から後輩まで、多くの人間が教授が求めるストーリーに合わせて実験結果を持ってきていて、当時アクセプトされたたくさんの論文が、信憑性の怪しいものとなっている。

自分としては、折れられる部分は折れたし、妥協できる部分は全て妥協してきたつもりだった。でも研究を含めて、自分の人間的な根本の部分が最後の最後まで折れなかった。折られた方が楽だったのかもしれないけれど、教授でも、自分でも、「折ることのできない何か」が最後まで自分の中に残った。

故に不穏分子とみなされて、卒業するまで最後の最後まで攻撃の対象とされ脱価値化され続けた。俗にいう、自己愛にタゲられる(ターゲットにされる)という状態になっていた。何人かの先輩からは「いいところが一つもない」と面と向かって評された。自分が出したアイディアは気づいたら教授が発案したことになっていた。自分も参加していたはずのラボのイベントに、自分が参加していないことになっている。ラボの非公式の飲み会には自分だけが呼ばれない。なのに、教授の隣で愚痴の同調役を続けなければならず、ラボの昼食は自分が取りまとめて参加しなければならなかった。

価値のある部分からは自分は排除され、面倒ごとだけが自分に押し付けられる。みんなの感情の便所役を何年も続けた。

卒業する頃、心は完全に死んでいて、フリーズもシャットダウンも通り越していたような気がする。何かの燃えかすだけで生きていた。そして、その状態で渡米した…

渡米後、上記のように自分が洗脳状態にあることに気がついた。そして、物理的に距離が離れ、安全な環境に身が置かれることで、フリーズしていた心が時間をかけて解凍されていき、教授や先輩含め元研究室にいたほとんど全ての人間に対して怒りが沸々と湧いてきて、同時に恐怖心や嫌悪感も大きくなっていき、渡米後3年が経過するまでに、以前の研究室のトラウマ化が完了してしまった。それは日本に帰りたかった自分にとって、ものすごくつらく、ハンドルが難しい感情であった。

渡米後、自分が疑い始めたことは「元教授はサイコパスだったのではないか?」ということだった。人の心を持たない感じ、攻撃対象に見せる冷酷さ、共感性の欠落、そういう要素がサイコパス的だなと感じたのだ。そうすると早速、サイコパスに関する本を取り寄せて知識を仕入れるのが当時の(今もかもしれない)自分なのだが、サイコパスの本を読み進めているうちに、ちょっと違うかもと思い始めた。

扁桃体の機能が低下していて、恐怖心を感じにくいのがサイコパスの特徴で、それが故に自分を含め、他人に対する痛みも想像しづらく、他人に対して酷いことが躊躇なくできるというのがサイコパスの一般的な説明であるが、一方の元教授には怖いものがたくさんあった。

彼は「他人が自分の上に立たれること」「自分の評判が落ちること」を何より恐れていた。長年、彼を観察していると、怖いもの知らずの無鉄砲ではなく、自分より立場の弱い人には強気に出て、自分より業績が優れた業界の大御所には決してケンカを売らない小心者であるということはわかっていた。もし教授が本当にサイコパスなら、業界の大御所にもケンカを売り、学生との日常会話で自分が知らないことを披露されることなんて恐れないはずなのである。

サイコパスのことを色々調べている過程で、類似した症状で「自己愛性人格障害」というパーソナリティ障害があることを知った。

パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか (PHP新書)

自己愛性パーソナリティ障害 正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)

自己愛について学べば学ぶほど、元教授がドンピシャでこれに当てはまり、自分がずっと悩んできたものの正体がわかった。ラボを離れて2年半ほどが経過していた。

敵の正体が分かれば、傾向と対策を練りやすい。といっても、それは過ぎ去った過去で、願わくば再会したくない相手だったのであるが。しかし、元教授の存在は自分の中で、なかなか過去にならず、渡米してからも常々自分の頭の中に現れては自分を苦しめていた。当時の自分にとっては、現在進行形で対処しなければならない存在であった。

ずいぶん長い間、自分は「自分のままで」元教授と交流を図り、認められようとしていた。そして、心の奥底には「元教授と仲良くしたい」という欲求が混じっていたと思う。でも、多様性、異質性を認めることは自己愛が最も嫌うことの一つ。なぜなら彼らの頭の中では「他者が持つ自分にない部分を認めること=自分を否定すること」に変換されてしまうから。つまり、自分が教授と仲良くするためには、教授と同じように、学歴の低い人を馬鹿にしたり、研究業績が出てない人を馬鹿にしたり、結婚していな人を馬鹿にしたり、子供がいない人を馬鹿にしたり、そういうサディスティックなことを心の底からできる人間に、自分がならなければならなかった。つまり、自分も自己愛的にならなければならなかった。でもそれは、自分が両親から受けた子育て、自分が生まれ持っていた性質と、とまるで正反対の、相入れない性質であった。

自分は長年かけて「理解し得ない人間がこの世にいること」を、そんな基本的なことを、傷つき、病を患いながら学んだのである。

自己愛性パーソナリティ障害を学ぶ過程で、自己免疫疾患と似ているなと思った。自己免疫疾患は「自己非自己の区別ができず、免疫細胞が、体の中の自分の細胞を攻撃してしまう」疾患である。

研究室であれ、会社であれ、家族であれ、共通の目的を持った組織である。そして、組織が活躍するためには、個々のパーツが自分の役割を果たして、しっかりと組織に貢献する必要がある。

ところが自己愛型の人間は、組織内で活躍する優秀な人間を、自分にとっての脅威とみなし、攻撃してやっつけようとしてしまう。教授にとっても、自分を含め、真面目に研究する学生は本来ラボにとって保護すべき、大切に扱うべき、貴重な人材なのである。ところが、リーダーが教授のような自己愛型の人間の場合、そういう優秀な学生を「自分の立場を脅かす脅威」とみなしてしまい、自分がそうされたように、攻撃し、やっつけてしまう。あたかも同じ体の中の免疫細胞が、周囲の細胞を仲間とみなせず攻撃してしまうように。彼らにとって、自分以外の細胞を自分自身の一部であることを認識することは、すごく困難なことなのである。

自分以外自分じゃない…

自己愛が運営する組織は、本来組織にとって貴重な人材が攻撃の対象になり、そういう人材が逃げ出していき、最終的にイエスマンだけが残り、しかし残ったイエスマンの中からまたスケープゴートが生まれたりして、組織としてどんどん尻すぼみになっていくケースが多いような気がする。自分の出身ラボも時間をかけてそういう運命を辿りつつある。

長らく自己愛性人格障害の勉強をしていると、この病が現代に広く蔓延る非常にあるあるな事象であることに気付かされる。夫が自己愛、同僚が自己愛、上司が自己愛、この辺りがあるあるで、みんな自分の身に降りかかった禍がなんなんだろうと調べていくうちに「自己愛性パーソナリティ障害」にたどり着く。

上記に挙げた本に加えて、こちらのブログも自己愛性人格障害に非常に詳しいブログである。読者の皆様におかれましては、ぜひ自己愛に遭遇しない人生、自己愛にターゲットにされない(通称タゲられない)人生を歩んでほしいが、もし遭遇してしまった場合は、これらの知識を頼りに速やかに離れられることを強く応援する。

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