研究生活10年目。研究に行き詰まる(Vol.1)

ポジティブデータとネガティブデータの違いをヨーグルトで解説

学生の頃から研究を始めて10年近くになるが、ちょっと研究生活に行き詰まりを感じる。

一応、最近も筆頭著者として論文を出して、全くうまくいっていないということはないのだが、最近はポジティブデータ不足で、次の論文を書く目処が立っていないし、NIHでの任期も迫ってきている。こういう追い込まれたときに、捏造やデータの不正を行なってしまうことは、絶対にやってはいけないことなのだが、全く気持ちがわからないかと言われれば、そんなことはない。自分は不正や誤魔化しをやらなければならないのなら、研究をやめてしまおうと考えているが、自分のキャリアや安定というのも人生で非常に大切な要素であり、「不正をすれば論文が出て、次のポジションが保証される」という状況に立たされた時に、一体どれだけの人が強い心を持って、「不正を行わない」という選択が取れるのかは、かなり疑問を覚えるところである。

研究にはポジティブデータが出やすい研究と、ポジティブデータが出にくい研究というのがある。ポジティブデータというのは、課題をポジティブに進めるデータである。

例えば、「ヨーグルトに合う食材や調味料を探す」という研究を行った場合、「ヨーグルトに合うもの」がポジティブデータで「ヨーグルトに合わないもの」がその逆のネガティブデータなのである。極端な話だが研究の対象を、全食材や全調味料にした場合、圧倒的にネガティブデータの方が多いことが分かるだろう。「マグロはヨーグルトと合わない」とか「醤油はヨーグルトと合わない」とか、こう言ったものがネガティブデータになる。もちろん「砂糖」とか「蜂蜜」はヨーグルトに合うポジティブデータなのだが、そんな「当たり前」のことはもう既に報告済みであるので、研究というのは常に「今まで誰も発見したことがない、ポジティブデータを報告する」ことが目的となる。ちなみにうちの母親は「完熟した柿とヨーグルトが合う」ということを推しているのだが、実際の研究でもこういったことが論文になる。「完熟した柿とヨーグルトが合う」というポジティブデータで構成された論文は成立するが、「醤油はヨーグルトと合わない」というネガティブデータで構成された論文は成立しづらい。

もちろんネガティブデータというのも、後任者が同じ失敗を繰り返さないために、データとして記録しておくことは大事なのだが、残念ながら論文にはならない。論文を出すためには「完熟した柿」みたいなポジティブデータを見つける必要があるのである。

もっと言うと単なるポジティブデータだけではいけないのだ。「砂糖」や「蜂蜜」がヨーグルトに合うというのもポジティブデータなのだが、それは「みんなが知っていること」、「報告済み」なことであり、「新規性」がない。さらに研究では「インパクト」つまり「衝撃」や「驚き」も重要なのだ。「完熟した柿」がヨーグルトに合うというのは、多少の驚きや意外性はあるが(柿をヨーグルトに入れるということ自体あまり聞かないし)、それでも「甘いし果物だし、合うかもしれないよね」という予測は立つ。それが「野菜天ぷらをあげた時の天かすがヨーグルトにあう」というのが仮に正しいとした場合、そこには「完熟した柿」以上の衝撃や驚きがある。それが本当だった場合、「え、こんなものがヨーグルトと会うなんて!」と人々に驚きを与えることができる。

研究ではそういう「新規性」かつ「インパクト」を併せ持ったポジティブデータが必要なのだ。なおかつそこに「論理性」とか「整合性」を持たせなくてはいけないから難しい。そして研究者という職業は「任期のうちに”新規性とインパクトを併せ持ったポジティブデータ”を絶対に発見しなくてはいけない」というかなり難しい仕事なのだ。ルーティーンワークばかりをしている人にとったら「新しいことを発見するなんて、かっこいいし面白そう」と感じるかもしれないが、「絶対に時間内に新しいことを発見しないといけない」職業だとしたら少し印象も変わるのじゃないだろうか?実際に自分の友人でも「新しいことに疲れた。たまにはルーティーンワークしたい。」と愚痴をこぼしたものがいた。自分もその気持ちがよく分かるのである。

続く

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