うちの研究室のエースはゴイスー人

研究生活が始まって、10年を越すが、やはり「やっぱ、すごい人っているもんだな〜」と思うことがしばしばある。特にアメリカに留学してから、異国のいろいろな研究者が集まる環境下で、そういう「ゴイスー人」に出会う機会が増えてきた(ゴイゴイスー、ゴイスー人に興味がある人は、是非ダイアンの津田さんを調べてください)。

個人的に、自分の研究者としての実力は、平均ぐらいかなと思っている。過去の研究で「再現が取れない」と外部から反論が出された研究も報告してしまったことがあるし、それ以外の論文も引用があまり伸びない(これだけ書くと平均以下やないかい!)。それでも、なんとかアメリカの研究期間でポスドクとして数年間留学しているし、まあそんな留学しようとする勇気だけはあるのだ。いわゆる「意識高い系バカ」である。

以前の記事で、今の研究室のナンバー2のポスドクについて書いたが、今回はうちのエースの中国人のポスドクについて書こうと思う。

その彼は中国出身のポスドクなのだが、今の研究室でナンバー1の業績を上げている。在籍6年で、筆頭著者として出した論文は4本にもなり、その全てがインパクトファクター(IF)10を超えるジャーナルに発表しているのだ。それも、ほぼ全ての研究を1人で完遂させている。

一般的に朝から深夜まで働く「ハードワーカー」が出世しがちな研究者業界だが(それは日本に限った話かもしれないが)、彼はそのようなハードワーカーではない。むしろ、研究室にいる時間は9時から5時までと平均的、もしくはそれ以下で、家族との時間もすごく大事にしている。その中で、かなり効率的にデータを出し、ものすご速さで論文としてまとめてしまう。

彼の特徴の一つとして、「やったことのない新しい実験系」に怖じけずに挑戦するということだ。「怖じけずに挑戦」というのも少し違うかもしれない。なんというか、やったことがない新しい実験でも、朝飯を食らうかの如く、平然と何事もないかのようにやってしまうのだ。

研究者というのは、今までに誰も発見したことのない「新しいこと」を見つける仕事であり、「新しいことにチャレンジする力」というのは研究者にとって不可欠なものだ。それでも、年を取るにつれて、新しいことにチャレンジするのが、なぜか億劫になり、学生の頃に習った実験技術を使い回して、研究を進めようとしてしまう。これは自分に限った話ではないが、自分が特にそういう「新しいこと」が苦手だ。うつ病を患ったことも原因していると思うが(うつ病では、そういう新規探究能力みたいなものがガクンと落ちる)、元の自分の気質もあると思う。なんというか、やったことのない事を目の前にすると、「途方もない壁」のようなものを感じてしまうのだ。

だから、彼のような、「新しい事を目の前にしても、壁がないかのように進んでしまう研究者」は本当に研究に向いていると思うし、すごいと思う。自分もそうなれればいいけど、こればかりはできるかわからない。自分は自分の才能の中でうまく立ち回っていくしかない。

彼には家庭があり、研究室の外で行われる、研究室のイベントにはほとんど参加しない。日本の研究室にいた頃は、そういう「研究以外のこと」まあ言ってしまえば「飲み会」での立ち回りが、なぜか研究にも重要だったし、もう一つ、「業績を出す事よりも遅くまで残る事」が重要だったりもした。

飲み会でうまく立ち回れないと、教授に気に入ってもらえず、それが、研究予算の配分や、教授のスタッフの選り好みにも影響した。全てとは言わないが、そういう研究室が日本にはよく存在する。そして、夜遅くまで残らないと、いくらいい研究結果を出しても「自分の方が夜遅くまで残っているのに、あいつはずるい!」みたいな感じで嫉妬され、これもまた研究室内での立ち位置に影響が出てしまう。それは、最終的にその研究者のメンタルヘルスにも影響し、せっかくの才能が潰えてしまうこともある。

だから、彼のように「自分のペースで効率的に研究し、プライベートでは研究室内のメンバーとは付き合わない」というようなタイプは、もしかすると日本の研究室では生き延びることが出来ないのかもしれない。いい研究室に巡り合えばいいが、それ以外だとなかなか厳しそうだ。まあそれはアメリカも同じか。こっちにもダメ研究室は存在する。

今の研究室では彼の存在は「エース」として、みんなから尊敬されている。ボスも彼の実力を評価し、「彼のコピーが欲しい」と冗談まじりによく言っている。優れた実力を持つものが、みんなからの嫉妬を受けず、伸び伸びとその才能を発揮するというのは、ある意味組織としての理想形かもしれない。

でも、それが可能なのも、今の「いろいろな国から研究者が集まる」というヘテロな空間がなし得る業かもしれない。その彼もいずれは中国に帰るし、他のメンバーとポジション争いをすることもない。他のメンバーもまた自分の祖国でのポジション確保を目指しているからだ。その意味で、いろいろな国から研究者をかき集めているNIHという組織は、研究機関として、いろいろな意味で理想的な空間と言えるだろう。

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コメント

  1. hatanaka より:

    こんにちは。私も北米の研究者なので、楽しく読んでます。「やったことのない新しい実験系」という点をもう少し詳しく書いてもらえたらと、思います。論文を集めてどの実験系で、どのような結果が出るかを予想して、うまくいくと思えばそれがどんな実験系だろうと、やるのは、科学者としては当たり前のことなので、いまいちよくわかりません。もちろんコストが予算内であればですけど。私は多くのラボを回りましたが、できる人の能力は、何百という論文をものすごいスピードで読んで、抽象的にそのフィールドを理解する能力だと思います。理解すれば、自分が何をすれば、なんの発見につながるかがわかるので。だいたいラボの8割ぐらいに人は、わかったつもりで、的外れな実験計画をする人です。

    • 管理人うつなま より:

      コメントありがとうございます。「やったことのない新しい実験系」というのは、そのままの意味で、例えば、FACSをやったことがない人が、FACSをしたり、マウスを扱ったことのない人がマウスを扱ったりと、そんな感じのことを意図して書きました。それを当たり前と言われれば、そうかもしれませんが、自分はそれが苦手でして、例えばFACSならより定量的なデータが取れる所を慣れ親しんだ免疫染色で済ましてしまう、みたいなことが多々あるのです。ただ自分に限らず、歳をとるにつれ、多くの研究者が新しい実験系に着手するのが億劫になっているような印象があります。

      自分はラボを二つ経験しただけで、分野の変更の経験もないので、フィールドを理解する力に関してはあまり論じられませんが、おっしゃっていることに関してはagreeです。