勧善懲悪と確率論

私的なこと

純粋な父と母から生まれ育ち、「良い行いを続けていれば、神様がそれを見ていてくれ、良いことが訪れる。逆に悪事を働けば、地獄に落とされる」と知らず知らずの間に刷り込まれ、勧善懲悪を信じて生きてきた。

母の子育てはどこか強迫的で「優しくなければならない、誠実でなければならない」という縛りを恐怖心と共に伴うものであった。だから、その枠からはみ出るようなことがあれば、ヒステリックに怒られ、兄妹たちはみな、怒られるのが怖く、大人の顔色を窺う典型的なアダルトチルドレン気味に成長してしまった。

学生時代までは、アダルトチルドレン特有の優等生的な生き方でも、誰にも迷惑かけることもなく、うまくいった。学校に行き、授業を受け、部活をし、テストで良い点をとる。大学生活でも研究室に配属されるまでは、大きな問題は生じなかった。兄妹たちも皆、良い大学に進学できた。自分は父母の厳しい倫理観を伴った子育てに感謝していた。

問題が生じ始めたのは研究室という社会に飛び込んでからであった。これまで通用した「良い子であれば評価される」という通念がまるで通用しなくなった。自己愛の巣窟であった研究室では、他人の悪口はいくらでも言ってよく、むしろ悪口を言わない奴らが空気の読めない奴らで、そういう奴らはいじめてもOK、仕事を奪ってもOK、人格を凌辱してもOK、みたいなルール。そういうルールを研究室のトップである教授自らが施行し、それに従う悪しき者達が正義になっていく。

自分が幼少期から父母から刷り込まれた勧善懲悪的な観念は完全に崩れ去り、敗北した。

でも、人生に絶望しながら訪れたアメリカの研究室では友愛的で平和的な空気感に満たされており、自分にとって非常に居心地が良い場所であった。絶望し切っていた自分だったが、人生に再び希望を取り戻し始めていた。

シンプルな勧善懲悪論を信じていて、社会の荒波に揉まれ、うつ病・複雑性PTSD・希死念慮・過覚醒・通院・投薬、いろいろな苦しみを経験してきた自分。そんな私が最近感じることは「勧善懲悪とは確率論的に発生」するということである。

世の中、そんなにシンプルでなく、残念ながら悪事を働いても咎められずに逃げおおせるケースもたくさんある。某大手芸能プロダクションのトップなどは存命中は児童への性的虐待について罪に問われることなく、死後残された人たちが罪を追求された。刑事事件の全体の検挙率は40%程度で軽微な犯罪はより見逃されやすくなる。

逃げ切られるケースもたくさん存在することは事実。一方で悪事を犯すと検挙される確率が高まることもまた事実。自分が勧善懲悪が確率論的に生じるという結論に至ったのは、まさしくそういうことである。

刑法や民法に触れないケースでも、悪事はたくさんあり、それが法に触れない程度のいじめであったり(無視とか)、職場におけるハラスメントであったりする。自分が学生時代に経験した研究室での一連の出来事も、自分の病の原因となっていることは間違いないのだが、立件できるかと言われれば、当時からノーだったと思う。多くのいじめやハラスメントというのが、決定的な証拠を残さずに行われ、被害者は病み、通院や退職に追い込まれるのに、加害者側は特に罪の意識も感じずに平穏に生きている、どころか社会的成功をおさめることも多い。これは多くのいじめ被害者やハラスメント経験者が直面する、つらすぎる現実である。

いじめっ子が成功するというのは世界共通らしい~Taylor Swiftから学ぶ人生の教訓~

しかし、20年近くアカデミア業界にいる中で、少なくともアカデミア業界においては、悪評というのは伝染しやすく、短期的には業績を残せても、長期的には評判が悪くなり、人員不足に陥り、研究がジリ貧になるケースというのも数多く見てきた。逆に良い評判というのも伝染し、アメリカで在籍していたような良い研究室には人が集まりやすくなる、という正のフィードバックも発生する。

トラウマ被害者というのは、自分が受けた経験を周囲の人に相談しまくる傾向にあるため、加害者の悪評というのが伝染しやすい。トラウマ被害者は誰かにその話を聞いてもらわない限り、延々とつらい記憶がルミネーションしてしまうので、そうなってしまうのである。

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被害の記憶が強烈であればあるほど、より多くの人に話を聞いてもらう傾向にある。かつて自分が、なりふり構わず学生時代のつらい記憶を周囲の人に聞いてもらっていたように。

聖人君子的な善人でも不運な事故で呆気なく死んでしまったりすることも確実にあるのが今生である。一方で、悪事を犯せば、その報いを受ける可能性は確実に上昇する。確率が100%にならないだけである。だから今現在つらい目に遭っている人も「軽微なものでも悪事を犯せば報いを受ける可能性が上昇する。勧善懲悪は確率論的に発生する。だから、世の中、そんなに捨てたものじゃない」とそんな思いを心に秘めて、希望を持って生き続けてほしい。

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