先に書いておかなければならないが、自分は英語の専門家でなく、英語力も大したことはない。タイトルにある「直訳」や「品詞」の定義も正式な定義ではなく、表現しやすいから便宜的に使っている。その上で、自分が7年間のアメリカ留学生活で気がついた「日本語の英語への翻訳のしやすさの法則」のようなものを議論していく。
「せっかく」という日本語の翻訳のしづらさ
留学中「せっかく」という日本語が非常に英語に訳しづらいことに気がついた。もちろん、英語にはその他にも「翻訳しづらい表現」というのは山ほどあるのだが、日本語で日常的に高頻度で使う「せっかく」という表現を、バチっと翻訳できる単語や定型句が英語には見つからなかった。
ネットで検索すると”might as well”という表現が日本語の「せっかく」に該当するものとしてヒットする。例えば用法として
It’s a nice day. We might as well go for a walk.
いい天気だし、せっかくだから散歩に行くのもいいね。
might as wellってどういう意味?
というものがネットに上げられている。だが、自分にとってこの”might as well”という用法が如何せん使いづらく、留学中にこの用法を自分のものにすることができなかった。
一つには日本語ネイティブの自分が持っている「せっかく」のニュアンスとmight as wellを英英翻訳した時のニュアンスにずれがあることが要因だった。might as wellの意味をGoogleで調べると以下のような説明がされる。
The phrase “might as well” (or “may as well”) is an idiom used to suggest doing an action because there is no good reason not to, or because it is the most logical/easiest option given the circumstances. It often implies a choice made without much enthusiasm.
英語のmight as wellは「断る理由がないから」「他に選択肢がないから」という、そこまで大きな熱意のないモチベーションを付与するフレーズだと説明される。
ただ、自分が日本語の「せっかく」に持っている印象は、他に選択肢がない、それが与えられた選択肢ではマシだからというニュアンスよりかは、「もったいない」とか「貴重だから」という印象が強い。
例えば
せっかく旅行に来たのに、ホテルに篭りっぱなしはもったいない
みたいに、「高い対価を払ったのだから、それに見合ったことをすべき」というニュアンスが「せっかく」には込められている。「せっかくのチャンス」「せっかくだから」とか。「せっかく10年ぶりに会ったのだから、高いレストランでお祝いしよう!」みたいに、日本語では「他に選択肢がないから、熱意なくそれを選ぶ」というよりもむしろ、「貴重な機会に対するベストなオプションを熱意を持って!」という場合にも使われる。「せっかくの結婚記念日なのに、サイゼでお祝いは嫌よ」みたいな。
自分が英語で表現したかった「せっかく」のニュアンスはむしろこちらの「貴重なものに対す正当な対価」の方が圧倒的に多く、それは”might as well”ではどうしても表しづらかった。
また”might as well”ですら「せっかくだから」が文に入るような限定的な場合にすら使えず、「せっかくのチャンス」を”the might as well chance”とは翻訳できない。
一つには、そもそも欧米人は日本人ほど「せっかく」と思わないのかな?とも感じた。ラボ旅行で田舎に行き、大きい一軒家を借りて、数日間そこで過ごすことがあったのだが、それこそ「せっかく自然が豊かなところに来たのに、Nintendo Switchを繋いでみんなでゲームばかりしている」状態だったのである。自分としては、これは違和感が感じられることであった。もしかすると、資源が豊かな大陸で育った欧米人は、何かに対して「もったいない」と感じる頻度が日本人より少ないのかもしれなく、それが言語の違いにも表れているのかもしれない。
英語には「せっかく」に1対1対応する単語が存在しない
もう一つ、自分が気づいた「せっかく」が英語に翻訳しづらい理由は、せっかくと”might as well”が品詞として異なる使われ方をしている点である。また、この気づきこそが、このブログを書こうと思った最大のモチベーションでもある。
最初に上げた例の「せっかくだから、散歩に行くのもいいね」の「せっかく」は「せっかくだから」で文が切れており、動詞の「行く」にかかっている形ではないのに対して、英訳の”We might as well go for a walk”は”might as well”が助動詞として働き、動詞”go”にかかる形になっている。
もし、文構造をそのままに「せっかくだから、散歩に行くのもいいね」を英訳しようと思うと”Because it is せっかく, it’s good idea to go for a walk”という形になる。
ここで”Because it is せっかく”の”せっかく”の部分に、1対1対応する品詞が存在するかと言われればノーである。”Because it is a precious oppotunity”等に意訳できるかもしれないが、「散歩に行く」ということに対して、少し大袈裟な表現になってしまう。
厳密な品詞の定義を保つと議論しづらくなるので、ここでは「品詞ブロック」というものを便宜的に定義する。そして、日本語と英語で品詞ブロックを使って、「品詞ブロックが1対1対応した翻訳ができる状態」を「実質的な直訳」と定義し、議論してみる。
例えば「私はりんごを食べる」”I eat an apple”を例に考えてみる。下図の四角枠で囲った部分が、本ブログで定義している「品詞ブロック」である。

この場合、日本語-英語間で、語順の違いはあれど、品詞ブロックが1対1対応した形になるので、英語にある程度慣れた者なら、翻訳にほとんど困らない。「品詞ブロックが1対1対応した形」つまり、このブログで定義する「実質的な直訳」が可能な状態だからである。
では次に、本題の「せっかく」を使った文を考えてみる。ここでは「せっかく高いホテルを予約したのに」という文を例にする。
この場合、「せっかく」は副詞ブロックで、「高いホテルを」が名詞ブロック、「予約したのに」が動詞ブロックになっている。「高いホテルを」「予約したのに」は各々対応した品詞ブロック、”an expensive hotel” と”booked”を使って直訳が可能である。ところが「せっかく」に1対1対応する副詞ブロックが英語には「存在しない」ため、直訳ができない形になっている。

日本語だと「せっかく高いホテルを予約したのに」という文だけで、結論はわからないが、何か良くないことが起きたのだなとわかる。一方、英語では、この文だけでは英訳まで持っていくことは、おそらく不可能なため、次に続く文、例えば「インフルエンザにかかり旅行にいけなかった」を含めて意訳することになる。例えば以下のように。
「せっかく高いホテルを予約したのに、インフルエンザにかかり旅行にいけなかった」
“I was really looking forward to staying at the expensive hotel, but I caught the flu and had to cancel the trip”
副詞ブロックが使用された際に、直訳が不可能になるかと言われれば、そんなことはなく、例えば「幸い彼はバスに乗れた」という文は、Fortunatelyという副詞を使って以下のように品詞ブロックが1対1対応する形で直訳できる。

日本語は一つの副詞にニュアンスを圧縮する傾向にある
留学中「せっかく」に次いで翻訳しづらいと感じたのが「ついでに」である。「ついでに牛乳買ってくるよ」とか「ついでにトイレ行きたい」とか、日本語だと「ついでに」という副詞一つで、その文のおおよそのニュアンスを表現できるのに対して、英語には「せっかく」同様「ついでに」に対応する品詞ブロックがない。

このブログを書くにあたりChatGPTの助けをかなり借りているのだが、彼との対話の中で、日本語は一つの副詞にニュアンスを詰め込む傾向があることに気がついた。「せっかく」「ついでに」が自分が留学中に気がついた副詞だが、その他にも「わざわざ」「あえて」「なんとなく」「つい」「やっぱり」などを訳しづらい副詞としてChatGPTは上げてきた。確かに英語にこれらの副詞に対して1対1対応する単語は、パッとは出てこない。
これら日本語に多く存在する「ニュアンスが詰め込められた副詞」はその単語を聞くだけである程度の情景が浮かぶ。「せっかく」「ついでに」「わざわざ」この単語だけで、大まかなシチュエーションが頭に思う浮かぶ。一方の英語ではこのような「ニュアンスが詰め込められた副詞」が多くなく、複数の文章に展開することで、初めてニュアンスを表現することができる。
副詞だけでなく、形容詞に関しても英訳しづらいものはたくさんある。例えば「懐かしい」なんかは最たる例で、1対1対応する形容詞は存在しない。だが、形容詞に関してもChatGPTに「訳しづらい例」を上げてもらったのだが、「もったいない」「気まずい」「面倒くさい」「切ない」などで、意外とどれも「類似した感情」なら1語あるいは1品詞ブロックで表現可能なように感じる。「もったいない」は”wasteful”、「気まずい」は’little bit uncomfortable”とか、「面倒くさい」は”complicated”とか”tired”とか、「切ない」は”a kind of loneliness”とか文法構造を変えずに、大体のニュアンスを翻訳できる気がする。
やはり、日本語の英訳の難しさは、形容詞やその他の品詞に比べて、副詞に起因しているケースが多いと私は考える。そして、それは「ニュアンスが詰め込まれた副詞」が日本語に多く存在していることに由来していると。
1対1対応する品詞ブロックが英語に存在しないときの対処法
さて、最後に、これらの例に遭遇したとき、つまり「せっかく」や「ついでに」を使った日本語を思いついたが、それを咄嗟に英訳できない時の対処法を考えてみる。
一つにはこのブログで書いたように「1対1対応する品詞ブロックが英語にはそもそも存在せず、直訳不可能なケースがある」ということを知識として知ることである。もちろん、語彙力不足が原因で、実は対応する品詞ブロックが存在するケースもあると思うが、「存在しないケースもある」ということを知っていれば、無理に直訳しようとせず、頭の中から単語を探し出す時間を削減することができる。
留学中、自分はそういうことを無意識にやっていた。つまり、1対1でバシッとくる単語を見つけることに時間を割かず、類似したニュアンスを持つような単語や表現を、思いついた順からパッパッパと口から出していた。
もちろん、これらの口語は文章化してみると汚く、無茶苦茶である。が、自分の意図は多くの場合、彼らに伝わった。自分が留学中に伸ばした力は、語彙力というよりはむしろ、知っている語彙の運用力だった。
これは以前もブログで書いたと思うが、父がアメリカを訪ねてきた時、「”ここで降ろしてください”が英語で出てこなくて、タクシーからなかなか降りられなかった」と言ったのだが、留学し一年が経っていた自分は「そんなの”stop here”でいいじゃん」と言った。何も”please let me get off here”なんてしっかりいう必要はないのである。
ただ、残念なことに留学中、こういう運用力は伸びたのだが、語彙力はトレーニングなしにはあまり伸びず、自分の英語力はいまいち伸び切らなかった。ただ無意識に現地生活を送るだけでなく、英検合格などの具体的な目標を立てて、トレーニングに基づいた語学力の向上もやはり大切だと思うのである。
少し話は脱線したが、最後にChatGPTが作ってくれた副詞ブロックの1対1対対応を表した図を乗せておく。上に載せた、自作の品詞ブロックのPNG図をChatGPTに送ると、こんなものを無言で作って返してきた。もちろん、完璧ではないが、クオリティーの高さに舌を巻いてしまった。生成AI時代恐ろしい。


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