中学に入って自分はバスケ部に入った。まさか自分にバスケの才能が全くなく、下手くそすぎて後に虐められるようになるとも知らずに…
運動神経に関して、良いという自覚はなかったが、悪いという自覚もなかった。足も筋力も平均くらい。体育で目立った記憶は全くなく、足が速かったり、ドッジボールで速いボールを投げられる友達を憧れの目で見ていた。
唯一、ラケット競技はそれなりに得意だった。テニスが趣味の両親に連れられて、小学生の頃から一緒にプレーすることもあり、きた球に反応し、しっかりと打ち返せていた。同様に卓球も小学校のクラブでプレーしていて、同じクラブに入っている人の中で1,2を争うくらいうまかった。独自のサーブを編み出したり、変化球を開発したり、オリジナリティーが加えやすい部分が自分に合っていた。
本当は中学では卓球部に入りたかった。だが残念なことに、通っていた中学には卓球部がなかった。またテニス部は当時テニスの王子様の影響で部員が殺到しており、とてもまともにプレーできる状況でなかった。そこで、仲の良い友達がたくさんいるバスケ部に入部することにした。またそれはNBA好きな父が喜ぶ選択でもあった。
バスケ部はハードであったが、体力的にはついていけてた。ドリブルやレイアップといった技術に関しても、他の部員と同等のペースで取得できていた。シュートもよく入り、1on1では上位のメンバーを除き、そこそこ良い勝負ができていた。
だが、実戦形式の3on3や5on5の練習になるとまるで活躍できなかった。活躍できないどころか、チームのお荷物でしかなかった。1on1なら全く気にならないのだが、複数メンバーの試合形式となると、途端に周囲の目が気になり出して、パスが回ってきても落ち着いてボールを保持できないのである。
「ミスしたらどうしよう」「この場合、何が正解なんだ」「わあどうしようどうしよう」と頭がパニックになり、体が硬直してしまう。結果としてドリブルもできず、パスするタイミングも遅れ、敵にばかりパスし、とんでもプレーのオンパレードになってしまう。
実戦形式の練習で、唯一自分に得点機会があったのはワンマンソッコーや居残りソッコーと呼ばれる技であった。敵のシュートが外れるタイミングいち早くゴールに向かい、レイアップを決める。この場合、やるべきことはただ「リングに走り、レイアップを決める」ことだけであり、正解が明確にあり、自分にもできた。ただ、セットオフェンスの場合、何が正解なのか全く分からず、「失敗してはいけない」と思い、体が硬直し、結果的に失敗しかしないという悪循環から抜け出せることがなかった。
ワンマンソッコーもセーフティポジションに一人ディフェンスがいれば良いだけなので、すぐに対応され、活躍の場がなくなった。
技術的なことはできるのに、実戦形式になると活躍できなくなるのは自分だけではなかった。極端に体が硬直し、文字通り何もできなくなってしまうレベルなのは自分だけであったが、自分の他にも3人ほど、実戦であまり活躍できなくなってしまう部員がいた。
自分と彼らの共通点として「長男」あるいは「第一子」であることが挙げられた。ママさんたちの間では共通の認識らしいのだが、幼稚園で子供たちにサッカーをさせると、次男や末っ子ばかりがボールを保持し活躍し、長男はそもそもボールにもなかなか触れられないようである。
「長男はバスケやサッカーなどの球技が苦手な傾向にある」というのは自分のチームにも言え、スタメンのうち4人は次男以下であった。彼らはみんなボールを持っても落ち着いていて、「我が我が」と自分で点を決めたがる。失敗を恐れないし、負けん気が強い。やられたらちゃんとやり返す。次男タイプはこういう傾向が強い。
一方の長男タイプは、幼い頃から、妹弟への「シェア」が求められ、それをすることで褒められることが多い。責任感が強くなるように設計され、自分の欲求を実現させることよりも、周囲の期待に応える性質が引き延ばされる。怒られることや失敗することが苦手で、サッカーやバスケにおいても、事なかれ主義で、遠慮しがちなタイプになりがちである。
個人競技でもチーム競技でも、勝つためには意識が敵へ向かわなければならない。長男タイプはラケット競技や個人種目では、勝ち負けの責任が全て自分に帰着されるので、特に問題なく能力を発揮できるのだが、チームプレイとなると、自分の失敗がチームメイトへの迷惑となる。そういう心理的負荷により、コートに立っても、そもそも相手チームへの敵対心というものが生まれない。コート上に立って感じることは「勝ちたい」「やっつけたい」「点取りたい」でなく「迷惑かけたくない」「怒られたくない」のみになって、そもそもがプレーできる心理状態にすらなっていない。
心理的に「インサイドアウト」でなく「アウトサイドイン」の状態に陥るのである。
バスケ部に在籍していた間中、この性質から抜けることができず、チームで圧倒的に格下の存在になり、虐められるようになり、あまりに下手だから、自分一人だけ学年が下のチームの練習に参加させられたりした。これには自分を虐めていた奴らも「流石に可哀想すぎるやろ…」と同情してくれた(余談だが、関西にはいじめっ子気質のやつでも「最後の情け」みたいなものを心にキープしている人が多い印象がある)。
部活動がつらくてしょうがなかったのだが、辞めることが難しく、その状態で自分は3年生の夏の引退まで部活を続けた(つらいけど続けられたのは、中学の部活の期間が実質2年間で1日の数時間しか練習しないという、実動時間が比較的短めであるという要因も大きいと思う)。バスケには絶望していて、「高校では絶対にバスケなんてしない」と固く胸に誓ったのであった。

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