私から眠りを連れ去る過覚醒・パニックに、怯えて暮らした日々はもう遠いい、そう思っていた。
最後に過覚醒で眠れなくなったのは昨年の10月であった。それ以降は調子が良く、過覚醒にならずに実に丸5ヶ月、ほぼ半年の時間が経過していた。もし、過覚醒になって眠れなくなるのが半年で一回で済むのなら、私の複雑性PTSDは寛解したと言えるだろう。半年に一度、一昼夜寝れないことなど、病気でなくても、たとえば身近な人の死とか、それくらい強いストレスがあれば起こり得ることだから。
今月の初めに上司からの強目の叱責がトリガーとなり、過覚醒が起きた。脳は意外と落ち着いていて、怒られたシーンをルミネーションするわけでもなかったので、デエビゴ2錠飲んだら寝れるかと思ったのだが、ダメだった。理性は暴れてないのが、以前と違う点であるが、その状態で扁桃体がずっと静かに警報令を発していて、意識が切れることがなかった。
徹夜状態で仕事し、その夜はストンと落ちる、というのがこれまでの常だったのだが、次の夜、デエビゴ錠を2錠飲んでも、その気配がなく、少し焦った。「2日連続で徹夜状態なのか?」と。
手をつけるのは嫌だったが、2日連続で徹夜はもっと嫌だったので、思い切って昨年の5月に処方してもらった頓服薬を服用してみた。タンドスピロンクエン酸塩(セディール錠)というもので、不安を抑える頓服薬として処方してもらっていた。セディール錠の効果もあってか、ようやく覚醒の糸が途切れ、その日は熟睡することができた。
翌週は過覚醒が起きなかったのだが、二週間後再び過覚醒が起きた。たった二週間前の出来事なのに、理由はもはや覚えていないのだが、その過覚醒は比較的弱めで、セディールを服用することで夜中の3時くらいから眠りに落ちることができた。3時間くらいでも徹夜状態とは状況が雲泥の差であり、「ちょっとしんどいなあ」くらいの感じで仕事を乗り切ることができた。
そして先週、3月25日の水曜日、3度目の過覚醒が起きた。その日はボスが休みで、過覚醒になりうる理由も見当たらなかったのだが(強いていうなら実験がうまくいかなかった・あるいは忙しすぎた・夜遅くなったくらい)、寝れそうになかった。そこで頓服薬を飲んだのだが、それにもかかわらず一睡もできなかった。そこで、昨年の5月以降初めて、心が折れてしまい(頓服薬飲んでも眠れんかったら終わりやんけ、と)、木曜日、金曜日に休みをもらい、薬の相談をしに主治医にかかった。
昨年の5月にセディールを処方してもらって以来、今月に至るまで飲む必要がなかったので、飲み方がわからなかったというのが主な理由だが、それ以上に他の種類の薬も試してみたかったりした。自分でも、もはや今の研究室に怯える必要がないことが理性ではわかっていて、とっとと覚醒の糸が切れて欲しいのである。でもピンポイントそういうことをする薬はないらしかった。今回はセディールに加えて、アメル(レスリン錠)というものを処方してもらった。まだ試していないが、これがうまく効いてくれればいいなと思う。
今月は良くも悪くもボスとコミュニケーションを取る機会が多く、その中で心理的に乱高下した。詳細は割愛するが、そのやり取りの中で、自分の中に今のボスやラボに対するある種の「諦め」みたいな気持ちが生じて、あまり善人にならずに自分の利のために行動するようにしようという考えに至った。
本当は、NIHにいた時みたいに、ラボメンバーと仲良く働き、社交辞令でもいいから気持ちよく挨拶し、相手に気を遣って友愛的に働きたい。成果や努力に対して、それはポスドクとして当たり前の業務なのかもしれないけれど、建前でもいいからボスに感謝してもらいたい。相手の健康や人生に対してリスペクトフルな気持ちを持って欲しい。でも残念ながら、自分がNIHで経験したような成熟した人間関係や働き方が今の研究室では望めない。
幸い、過覚醒を繰り返すことで、背足迷走神経の力が弱まっていき、希死念慮やルミネーションがほとんど消え失せてくれている。朝えずくこともほとんどと言っていいほどなくなっている。今の研究室に来て、望んだことではないのだけど、トラウマでトラウマを洗うようなことをしているせいで、長年苦しめられてきた、過去の苦しみが本当に過去のものになってしまったのかもしれない。
これぞまさしく「結果オーライ」というやつである。

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